三ヶ尻 正 著

レッスン・留学のために/歌唱のテクニック

『 音楽家の英語入門 』
─ 聞く・話す・読む・書く・歌う ─

はじめに」と「もくじ」紹介
※ 発音記号や特殊文字など一部ウェブ上での表示ができていないところがあります。

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はじめに
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なぜ英語が必要か
日本の音楽家や音大生には、英語が苦手だったり、あるいは取組む前から敬遠してしまっている人が多いのではないでしょうか。 音大生から「英語なんて受験で使っただけであとは忘れた」とか、「どうせ身につかないのにどうして必修科目にあるの?」などと言われることがあります。 音大受験生からは「楽器を弾くのにどうして英語がいるの?」と訊(たず)ねられます。
長々と話すような雰囲気の場は少ないので、著者は大抵「輸入楽譜のまえがきや注が読めないと困りませんか?」と言うことにしています。 声楽の人が相手なら「『メサイア』くらい歌えないといけないんじゃないですか?」とも言っています。 こういった実用面の必要性もさることながら、その一方で、欧米のことばを学ぶことは、西洋音楽に取り組む者にとって欠かすことのできない訓練だ、という思いもあります。(この意味では、英語でなければならないわけではありませんが。) ただ、こういう理屈っぽい話をする機会はなかなかありません。
この国際化の時代、音楽の世界でも日本人が世界と接する機会が増えています。 外国人の指揮者や演奏家、教師が日本に来る場合、あるいは日本人が留学したり、海外で仕事をする場合など、さまざまな形で国際化が進んでいます。 こういう場で使われる言語は、やはり英語が一番多いと言わざるを得ません。 また幸か不幸か日本人のほとんどは、中学・高校の間それなりに英語を勉強してきています。 日本人にとって、最も取っつきやすい外国語も英語だと言えるでしょう。

英語で広がる音楽の世界
英語で歌われる曲は数多くあります。 ハレルヤ・コーラスで知られるヘンデルの「メサイア」はもとより、古くはダウランド、パーセルの作品、新しいところではブリテンの「戦争レクイエム」が代表格です。 あまり知られていませんが、メンデルスゾーンのオラトリオ「エリア」も原曲は英語です。 クラシック以外では、ミュージカルや、ビートルズ、カーペンターズ、ジャズやポップス、ロックなど膨大な数の曲があります。 音楽と英語の接点は意外に少なくありません。
世の中の国際化が進み、音楽を聴く側の人にも英語の分かる人・語感を感じられる人が、ゆっくりではありますが、確実に増えています。 日本で歌われる英語曲のレパートリーも徐々に広がっているのではないでしょうか。
映画の字幕がどうも原語のニュアンスと違う、と感じることはありませんか? 外国人演奏家のインタビューや講演も、通訳を通して聞くのではなく、自分の耳で生の声を直接聞きたいとは思いませんか? 映画や芝居も少しでも英語が聞ければ「アマデウス」「シャイン」はじめ、音楽にまつわるさまざまな作品を、原作のまま肌で感じることができます。 字幕スーパーのすりガラスごしの世界でなく、その向こうの生き生きとした原語の世界に触れてみたいとは思いませんか?

音楽家が英語を学ぶ意義
音楽家が英語を学ぶ目的・意義には、3つの側面があると筆者は考えています。


@コミュニケーションのツールとして
A音楽とことばの本質的な関係
B英語で広がる音楽の世界

本書でも、理屈っぽいAの話は少な目に、とにかく実用的(@とB)に英語を身につけることを目指して、英語の世界に触れてみたいと思います。
@としては、まず第1章「英語で何と言いますか」(10ページ)で、日本で外国で、音楽家が外国人・外国語と接するときに役立つ内容を扱います。 また、音楽家が英語に出くわすことが最も多い、「読む」場面での英語との付き合い方を第5章「音楽家のための『読む英語』」(123ページ)で取り上げました。 英語上達のためのカギである発音についてのアドバイスは、第6章「英語の発音とスペル」(144ページ)にあります。 その他英語上達のためのさまざまなヒントを第7章「英語の上達のために」(193ページ)に列挙しておきました。
Aとしては第2章「ことばと音楽の切っても切れない関係」(28ページ)で、音楽家がなぜ外国語を学ぶ必要があるのか、その本質的な問題について簡単に触れます。
Bとしては第3章「英語の歌とテクニック」(37ページ)で英語の歌詞の扱い方を取り上げ、さらに第4章「英語の歌コレクション」(61ページ)で歌の実例を集めました。 声楽家はもちろん、歌とは直接縁のない器楽の人や愛好家の皆さんにも実際に声に出して歌って頂きたいと考えています。 これは著者の経験ですが、歌で覚えた英語はなかなか忘れません。 いい歌には「ことば」本来のリズムがあります。 歌は実によい「ことば」の教材なのです。

「ディクション」 Diction
声楽の分野には "Diction"「ディクション」という用語があります。 "Diction"とは一般用語では「語法、言い回し、用語選択、言葉づかい」の意味ですが(それをまとめたものが "Dictionary"=辞書)、声楽では「歌詞をはっきり聞かせるための正しい発音法」のことを指します。
英語の曲を歌うための「ディクション」に関する参考書は、ほとんど出版されていません。 英語の歌に関する本も図書館で見ることはできますが、大半が絶版になっている上に、音楽家よりも英語学習者を対象にしたものが多く、音楽家・声楽家の歌唱技術の上で参考になるものは ほとんどありませんでした。
本書は、音楽家のための英語上達の手引き書であると同時に、声楽家のための数少ない「英語ディクション」の参考書でもある、という欲張った企画です。

発音のむずかしさ
音楽家(特に声楽家)から英語を遠ざけている原因は何でしょうか? 最大の原因は「発音の難しさ」であると著者は考えています。「発音の難しさ」には2種類の「難しさ」があります。
第1の「難しさ」は、日本語にない音があって、発音自体が難しいことです。 母音[a][9]やあいまい母音[5]、thの文字で現れる[θ][d]の音などがそれです。 しかし、ドイツ語にもウムラウトや巻き舌音があります。 フランス語の鼻母音などはさらに難しい音です。 とすると英語だけが特別に難しい訳ではありません。 これは本質的な難しさとは言えないでしょう。
第2の、そして本当の「難しさ」は、「スペルと発音の関係が一定でないこと」です。 ドイツ語やイタリア語、ラテン語、もっと言えばフランス語でも、スペルと発音の間に相当の法則性があります。 極端な話ですが、ドイツ語やイタリア語は、意味は分からなくても、一応音にして歌うことができます。 しかし英語では、知らない単語を一語々々全部調べないと音にさえできません。 声の練習に時間をさ割きたい声楽家にとって、これは面倒なことで、そのため英語が取っ付きにくいものになっていることは容易に想像できます。
この発音の問題を抜きにして、英語に近づく道はないと考え、本書では発音についての一章を設けました。(第6章「英語の発音とスペル」) 個々の音の発音、スペルと発音の対応関係、アクセントや抑揚の問題などを扱った上で、この「スペルと発音のずれ」の問題を英語の歴史からひもといて行きます。

この本を読んでいただきたい方
本書の対象としては、音大生・音大の卒業生・受験生や音楽愛好家で英語力をつけたい方、声楽・器楽を問わず外国人のレッスンを受けようという方、これから留学を考えている方、あるいは英語の歌を歌う声楽家などを想定しています。 また、クラシック以外のポップスやロックの方にも参考になると思いますし、特に音楽が専門でなくても、海外に住んでいて、お子さんのレッスンや授業で使う楽語が分からず困惑されている方などにも参考にして頂ければ、と考えています。
読み方としては、通読でも、あるいは自分の置かれた状況に応じて、必要な箇所だけ拾い読みして頂いても結構です。 留学のところなど、関係ない人も多いでしょう。 英語の楽語など知らなくてもいい、という人もいると思います。 ただ折角この本を手にされたのなら、第1章「英語で何と言いますか?」、第4章「英語の歌 コレクション」、第5章「英語を読む」、第6章「英語の発音とスペル」の4箇所だけは読んで頂ければと願っています。

言い訳のようになりますが、この本だけで英語が上手くなるというわけには行きません。上達するには、この本以外にも多くの会話や読書、英語の歌を歌うといった実践的な訓練を積むことが必須です。
本書が、音楽家や音楽愛好家の方々が英語に触れるきっかけとなり、あるいは英語作品の普及の一助となれば著者にとって望外の幸せです。

1999年12月
著 者

 

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もくじ
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は じ め に ────────────────────
3

第1章 英語で何と言いますか? ───────────
10

レッスンの場面で/英語の楽語
レッスン・留学・共演と英語/音楽家の海外旅行と英語

 
第2章 音楽とことばの切っても切れない関係 ────── 28

「ことば」と音楽/詩歌と音楽の語法/文学と音楽の構成/ 3部形式・ソナタ形式/有節歌曲/語感と歌/欧米語を学ぶ必要性

 
第3章 英語の歌とテクニック ──────────── 37

英語の歌 と ことばのテクニック、ディクション/語感・表現・ニュアンス/ 韻律法/古い英語について(文法/発音/語彙・文字)

 
第4章 英語の歌 コレクション ──────────── 61

最古の英語の歌/古い英語の歌/パーセル/ヘンデル/ ナーサリー・ライム/イギリスの歌/讃美歌/黒人霊歌/ フォスター/イギリス・アメリカ国歌/
※ ミュージカル/ビートルズ/カーペンターズの曲から

 
第5章 音楽家のための「読む英語」 ───────── 123

「読むコツ」「読む技術」/楽譜・CDの解説を読む(コツ・用語集・実例)

 
第6章 英語の発音とスペル ──────────── 144

発音の重要性/英語の子音と母音/アクセント・抑揚・リズム/ スペル(つづり)と発音の徹底練習(スペル→発音/発音→スペル/例外)/ その他スペルと発音のルールいろいろ(アクセント/特定スペル)/ スペルと発音の関係がなくなった(昔はあった)/英語の歴史/英語とドイツ語

 
第7章 英語の上達のために ──────────── 193

短期上達作戦/コミュニケーションのさまざまな場面で/語彙/ 文法(?)のススメ/文法・語法の注意点/辞書について

 
参考文献・ディスコグラフィー ────────────
214

補章 ゴスペルについて ──────────────

223

ゴスペルとは?/ゴスペルの歴史/曲・歌詞紹介 Amazing Grace/Hail Holy Queen/イギリス英語とアメリカ英語

 

あ と が き ───────────────────
238

 

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